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<title>+-0f ファッションブランド 情報</title>
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<modified>2005-12-24T19:00:45Z</modified>
<tagline>ぷらすまいなすぜろのえふ ふぁっしょんぶらんど じょうほう
全国の学生、OL、主婦にも対応したファッションブランド情報を0から解説。用語集で＋1の（F）ファッション知識を。財布やバッグ情報もあり。</tagline>
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<title>イッセイミヤケ：ISSEY MIYAKE</title>
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<summary type="text/plain">イッセイミヤケ：ISSEY MIYAKE　について</summary>
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<![CDATA[起源
<br />　　1970年、三宅一生が「三宅デザイン事務所」を設立。]]>
<![CDATA[<br />履歴
<br />　　三宅一生（Issey MIYAKE）。1938年、広島県に生まれる。多摩美術大学を卒業後、渡仏。ギ・ラロッシュ、ジバンシーのメゾンに入る。69年、ニューヨークへ渡り、70年に「三宅デザイン事務所（MDS）」を設立。71年、「ISSEY MIYAKE」としてニューヨーク コレクションを発表。73年、パリに戻り、プレタポルテ・コレクションを発表。
<br /><br />　　日本の和服に代表される「一枚の布から（A Piece of Cloth）」という発想による、衣服と身体の関係に迫る表現手法は、「動くオブジェ」とも呼ばれ、国際的な評価を得る。
<br /><br />　　84年と89年に毎日ファッション大賞を受賞。88年、「プリーツ・プリーズ（PLEATS PLEASE）」と銘打ってプリーツのラインを発表。98年、フランス・リヨン大学名誉博士号を受賞。
<br /><br />　　99年よりチーフデザイナーを滝沢直己に交代。2000年、日本芸術大賞、ジョージ・ジェンセン賞、第18回毎日ファッション大賞・ミレニアム記念賞を受賞。
<br /><br />　　2001 S/Sより、全方向伸縮のストレッチプリーツが特徴のTシャツのライン、「me ISSEY MIYAKE」を発表。
<br /><br />　　現在、イッセイ・ミヤケグループ傘下には「ZUCCa」、「TSUMORI CHISATO」などがある。

<br /><br />現デザイナー
<br />　　滝沢直己（Naoki TAKIZAWA）。1960年、東京に生まれる。黒縁眼鏡に眠気まなこ太い鼻にひげを蓄えた、おでこの広い山田五郎カットの男性。桑沢デザイン研究所でドレスデザインを学ぶ。82年、卒業と同時にアルバイトで出入りした三宅デザイン事務所に誘われ入社。
<br /><br />　　83年、「プランテーション（Plantation）」のデザイナーになり、89年には「イッセイ・ミヤケ」のデザインチームに参加。91年、三宅一生のデザイン・アソシエートとなる。93年、「イッセイ・ミヤケ メン」のデザイナーに就任。
<br /><br />　　95年、ウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルト・バレエ団の衣装デザインを担当。98年、毎日ファッション大賞を受賞。2000 S/Sより「イッセイ・ミヤケ」のデザイナーを務める。
<br /><br />　　2000 S/Sミラノ コレクションにおいて、アーティストの村上隆とのコラボレーションによる作品「Kai Kai Ki Ki」を発表。その他、グラフィックデザイナー等とのコラボレーション活動も精力的に行っている。]]>
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<title>RSS専用サイトマップについて</title>
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<modified>2005-08-27T09:44:50Z</modified>
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<summary type="text/plain">RSS専用サイトマップ</summary>
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<dc:subject>制作秘話</dc:subject>
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サイトマップは左メニューで代用できるのですが、
<![CDATA[<p>配信しようか迷っています。</p>]]>
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<title>イヴサンローラン：Yves Saint Laurent</title>
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<modified>2005-08-25T17:32:26Z</modified>
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<summary type="text/plain">イヴサンローランとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： イヴサンローラン<br>フルスペル ： Yves Saint Laurent</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1962年、イヴ・サンローランがオートクチュールメゾンを発表。</p>
<p>履歴
<br>　　イヴ・サンローラン（Yves Saint LAURANT）。1936年8月1日、アルジェリアのオランに生まれる。色白で細面だが鼻が大きく金髪天然パーマ、スラリとした細身で、いつもきまって黒ぶちの四角いメガネ着用している老人男性。弱冠17歳の時にIWS主催のデザインコンクールでカクテルドレスを発表し、最優秀賞を受賞。翌年、クリスチャン・ディオールに迎え入れられる。57年、クリスチャン・ディオール死去に伴い、弱冠21歳で後継デザイナーに就任。58年、クリスチャン・ディオール死後のパリでの初コレクションで「トラペーズライン」を発表。
<br>　　62年、ピエール・ベルジェと共にオートクチュールメゾン「イヴ・サンローラン」を発表。以後、シースルー、サファリルック、モンドリアンルック、スモーキング、パンタロン等、60年代を代表する新しいエレガンスのスタイルを発表。
<br>　　66年、プレタポルテ「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」のブティックをパリ6区に開設。
<br>　　85年、レジヨン・ドヌール勲章を受勲。93年、デ・ドール賞を受賞。
<br>　　2001年9月29日、表参道にリヴ・ゴーシュのショップをオープン。
<br>　　サンローラン本人に「私はいつも、ドルーヴをイメージしてデザインしている」と言わしめるほど、60年代後半まではドヌーヴがマスコット的存在として位置していた。
<br>　　卓越した技術と多大なる存在感で多くのデザイナーに影響を与え、敬意を込めて「モードの帝王」と称される。自他共に認めるゲイ。
<br>　　イヴ・サンローラン社がグッチ社に買収されたのを受け、2001 S/Sよりリヴ・ゴーシュのデザイナーにトム・フォードが就任。
<br>　　2002年1月22日に行われた、パリ オートクチュール・コレクションを最後に、「モードの帝王」、イヴ・サンローランは惜しまれつつも引退した。そして、高度に神格化された影響か、オートクチュール部門は閉鎖し、以後はリヴ・ゴーシュのみの展開となっている。
<br>　　2003年11月、トム・フォードが辞任。</p>]]>
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<title>イーリーキシモト：ELEY KISHIMOTO</title>
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<modified>2005-08-25T17:27:28Z</modified>
<issued>2005-08-25T17:26:00Z</issued>
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<summary type="text/plain">イーリーキシモトとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： イーリーキシモト<br>フルスペル ： ELEY KISHIMOTO</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1992年、マーク・イーリーと岸本若子が会社を設立。

<br><br>現デザイナー
<br>　　マーク・イーリー（Mark ELEY）。1968年、イギリスの南ウェールズに生まれる。ブライトンファッションテキスタイルデザイン卒。岸本若子（Wakako KISHIMOTO）。1965年、兵庫県神戸市に生まれる。セントマーチンズ卒。
<br>　　92年、マークイーリーと岸本若子夫妻は、サウスロンドンにテキスタイルデザイン会社を設立。アレキサンダー・マックイーン、フセイン・チャラヤン、マーク・ジェイコブス、ジル・サンダー等、様々なデザイナーとの取り組みにより、テキスタイルデザイナーとして地位を築く。
<br>　　95年、イーリーキシモトとしてオリジナルコレクションをスタート。2001年、ロンドンコレクションに初参加。
<br>　　2002年、イギリスのトラベルケースメーカー、グローブトロッター社とコラボレートしトラベルバッグを発売。グローブトロッター100周年のセンテナリーシリーズにイーリー・キシモトのテキスタイルを使用している。
</p>]]>
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<title>制作秘話4 カテゴリのカスタマイズ</title>
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<modified>2005-08-21T22:11:04Z</modified>
<issued>2005-08-21T21:55:20Z</issued>
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<summary type="text/plain">カテゴリをすっきりマークアップするようカスタマイズしました。</summary>
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<dc:subject>制作秘話</dc:subject>
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<![CDATA[<h3>カテゴリをストリクトにレイアウト</h3>]]>
<![CDATA[<p>カテゴリのページでは、各カテゴリ分けされたエントリが納められているのですが、カテゴリを表示した際に
<br>1.エントリータイトルが見出しタグでマークアップされ、かつ個別アーカイブへリンクしていること
<br>2.各エントリの冒頭部分もしくは要約部分がかならず表示されること
<br>3.コメントやトラックバック、投稿時間等は表示しないこと（個別アーカイブページでこれらは確認できるため、必要ないとの判断）
<br>が条件でした。とりあえずこれらを実装するにあたって、&lt;$MTEntryID pad="1"&gt;で個別アーカイブのURIを取得し、&lt;MTEntryTitle&gt; によってアンカーの文字列を取得し、これらのタグを見出しタグでマークアップ。
<br>そして、クラス属性posted部分のカスタマイズ。$MTEntryPermalinkのタグをちょっといじって個別アーカイブのURIへとリンク設定。投稿者部分はトップへ飛べるように配慮し（トップページへリンクを張ること）、一応の完成。<br><br>総じて個別アーカイブのURI取得・アンカー文字列の取得・これらのマークアップ　に至るまでの思考が難しかったですね。中々この考えに至りませんでした。</p>]]>
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<title>ブルマリン/アンナモリナーリ：BLUMARINE/ANNA MOLINARI</title>
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<modified>2005-08-21T21:19:20Z</modified>
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<summary type="text/plain">ブルマリンとは　アンナモリナーリとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： ブルマリン/アンナモリナーリ<br>フルスペル ： BLUMARINE/ANNA MOLINARI</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1980年、アンナ・モリナーリがコレクションを発表。</p>
<p>現デザイナー<br>　　アンナ・モリナーリ （Anna MOLINARI）。イタリアのカルピに生まれる。1977年、現在の夫であるジャン・パオロ・タラビーニとともに活動を開始。80年ミラノのマンゾーニ通りの自社ショールームで"ブルマリン"コレクションを披露。87年からミラノコレクションに参加。日本での同ブランドの表記は"アンナ・モリナーリ"。
<br>　　95年には"ブルマリン"との区別を強調するため、新たに"アンナ・モリナーリ"を発表。同ブランドは、日本では1996-1997 A/Wより、商標上の都合で"アンナ・モリナーリ・クチュール"として展開。デザインは1998 S/Sから娘のロッセラ・タラビーニ・モリナーリが担当。
<br>　　セクシーなシルエットに、甘く軽い素材使い。
<br>　　2003年11月20日、東京・青山の骨董通りにフラッグシップショップをリニューアルオープン。建築家シャイ・フリシュ・ペリが手がけた。</p>]]>
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<title>アンドゥムルメステール：ANN DEMEULEMEESTER</title>
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<modified>2005-08-21T21:15:45Z</modified>
<issued>2005-08-21T21:13:57Z</issued>
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<summary type="text/plain">アンドゥムルメステールとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アンドゥムルメステール<br>フルスペル ： ANN DEMEULEMEESTER</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1986年、アン・ドゥムルメステールがロンドンの展示会に出展。
</p>

<p>現デザイナー<br>　　アン・ドゥムルメステール（Ann DEMEULEMEESTER）。1959年、ベルギーのコートヤックに生まれる。81年、アントワープ王立美術アカデミーを卒業。
<br>　　86年、ロンドンの展示会にアカデミーの卒業生5人と共に出展。いわゆる"アントワープ6"の1人。時折"アントワープ6で唯一の女性"といわれることがあるが、厳密にいうとこれは間違いである。
<br>　　1987-1988 A/Wからレディース・コレクションをスタート。92年、パリでレディース・コレクションを発表。96年からメンズ・コレクションをスタート。96年、ベルギーで"Culture Award"を受賞。
<br>　　白シャツに黒ジャケットがトレードのシンプルな路線の中で、落ち着いたエレガンスを表現する。時折見せるカラフルな色使いや挑戦的な素材も新鮮。</p>]]>
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<title>アンダーカバー：UNDER COVER</title>
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<modified>2005-08-25T17:29:09Z</modified>
<issued>2005-08-21T21:09:45Z</issued>
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<summary type="text/plain">アンダーカバーとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アンダーカバー<br>フルスペル ： UNDER COVER</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1994年、高橋盾が東京コレクションにデビュー。</p>
<p>現デザイナー<br>　　高橋盾（Jun TAKAHASHI）。1969年9月21日、群馬県桐生市出身。通称"ジョニオ"。群馬県立桐生西高校卒。
<br>　　89年、文化服装学院アパレルデザイン科に入学し、在学中より一之瀬弘法と"アンダーカバー"を開始。91年、卒業と同時に渋谷クワトロ内ビリーに洋服を卸し始める。
<br>　　93年、原宿に"NOWHERE"を、95年にはアンダーカバーのオンリーショップ"NOWHERE LTD"オープン。1994-1995 A/Wより東京コレクションに参加。同年9月に有限会社"アンダーカバー"を設立、レディースとメンズを本格的にスタート。
<br>　　97年には2年間休止していたショーを再開。同年、毎日ファッション大賞で新人賞を受賞。
<br>　　2000年1月、株式会社"アンダーカバー"を設立。
<br>　　2001年、第19回毎日ファッション大賞を受賞。
<br>　　2003 S/S、パリ コレクションにデビュー。
<br>　　ストリートファッションの王者とされる若者向けブランド。一部の若者に熱狂的な支持を集めるカリスマブランド。「真のストリートを知っているのは自分だけ」という格言も飛んでいる。</p>]]>
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<title>アレッサンドロデラクア：Alessandro dell&apos;Acqua</title>
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<modified>2005-08-21T21:08:51Z</modified>
<issued>2005-08-21T21:06:04Z</issued>
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<created>2005-08-21T21:06:04Z</created>
<summary type="text/plain">アレッサンドロデラクアとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アレッサンドロデラクア<br>フルスペル ： Alessandro dell'Acqua</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1987年、アレッサンドロ・デラクアがデビュー。

</p>
<p>
現デザイナー<br>　　アレッサンドロ・デラクア（Alessandro DELL'ACQUA）。1962年12月21日、イタリアのナポリに生まれる。ロマンスグレーで短髪の、優しげな目をした男性。ナポリの名門美術学校（the Naples Belle Arti's Accademia）でグラフィックを学び、82年に同校を卒業。87年、ニットウェアデザイナーのピエトロ・ピアンフォリーニ（Pietro Pianforini）の下でデビュー。88年から93年まで、ジェニーのマリッジコレクションを担当。その後、エンリカ・マッセイ、ヴィルジニア、アイスバーグ、マスカ、マリエラ・ブラーニ等のブランドを経て、94年に独立。
<br>　　95年、ベル・メーユ社が生産する「アー・アー・ミラノ（a|a milano）」をスタート。96年、「アレッサンドロ・デラクア（ALESSANDRO DELL'ACQUA）」の名でレディースウェアラインをスタート。1998-1999 A/Wよりメンズウェアラインをスタート。メンズ・レディース問わず「官能性」にこだわり、「ニットのスペシャリスト」を自負している。
<br>　　2001年、「ボルボネーゼ（BORBONESE）」のデザイナーに就任。</p>]]>
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<title>アレキサンドルマチュー：alexandre matthieu</title>
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<modified>2005-08-21T21:06:07Z</modified>
<issued>2005-08-21T21:00:21Z</issued>
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<summary type="text/plain">アレキサンドルマチューとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アレキサンドルマチュー<br>フルスペル ： alexandre matthieu</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　2000年、アレキサンドル・モルガドとマチュー・ビュローがパリ コレクションに参加。</p>

<p>現デザイナー<br>　　アレキサンドル・モルガド（Alexandre MORGADO）。1975年4月18日、フランスのベルサイユに生まれる。パリのアトリエ・シャルドン・サヴァを卒業。
<br>　　マチュー・ビュロー（Matthieu BUREAU）。1974年5月14日、フランスのブローニュ・ビランクールに生まれる。パリのアトリエ・シャルドン・サヴァを卒業。96年から98年まで、ディーチェ・カヤックのアシスタント・デザイナーを務める。
<br>　　アトリエ・シャルドン・サヴァで知り合った2人は、99年、イエール国際モードフェスティバルでグランプリを受賞。2001 S/Sより、パリ コレクションに参加。
<br>　　2001-2002 A/Wにはジュンコ・シマダのコレクションに参加。2002 S/S、2002-2003 A/Wの2シーズン、ミラノのレザーブランド、ルッフォ・リサーチのデザインを手がけた。
<br>　　2003 S/Sは経営をめぐる内紛でパリコレクションを中止した。
<br>　　2000年5月21日、第53回カンヌ映画祭のパルムドールの授賞式でビョークが彼らの服を着たことで有名。
</p>]]>
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<title>アレキサンダーマックイーン：ALEXANDER McQUEEN</title>
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<modified>2005-08-21T20:58:33Z</modified>
<issued>2005-08-21T20:51:14Z</issued>
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<summary type="text/plain">アレキサンダーマックイーンとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アレキサンダーマックイーン<br>フルスペル ： ALEXANDER McQUEEN</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1996年、アレキサンダー・マックイーンがロンドン コレクションに参加。
</p>
<p>現デザイナー<br>　　アレキサンダー・マックイーン（Alexander McQUEEN）。1969年3月17日、イギリスのロンドンに生まれ。サビルローの老舗ギーブス&ホークスでテーラード、舞台衣装製作裁断手法を学ぶ。その後、セントマーチンズに入学。
<br>　　コージ・タツノやロメオ・ジリ等の下でキャリアを積み、92年のセントマーチンズの卒業制作を機にデザイン活動をスタート。96年、ロンドンコレクションに参加。同年、ジバンシーのデザイナーに抜擢。96年と97年に「ブリティッシュ・デザイナー・オブ・ジ・イヤー」を受賞。96年、バスストップ社と契約。
<br>　　99年に活動の本拠をロンドンからニューヨークに移して話題を集めるが、2000-2001 A/Wより再びロンドンに戻る。同時期にカジュアルライン、「マックイーンズ」を開始。
<br>　　2000年12月、マックイーン社株の51％をグッチグループに売却。自身のブランドでグッチについたため、LVMHの傘下にあるジバンシー社と仲違い。2001年10月の契約期限完了とともに、デザイナーを更迭（こうてつ）された。
<br>　　2002 S/S、よりパリ コレクションに参加。同年、東京・表参道に日本初の路面店をオープン。2003年1月31日、表参道店を閉店。</p>
<p>デザイナー経歴図
<br>アレキサンダーマックイーン (1969年ロンドン生まれ) 
<br>1993年 アレキサンダーマックイーン創設 
<br>1996年 ロンドンコレクションにデビュー 
<br>1996年 ジバンシィのメンズデザイナーに就任 
<br>2001年 自身のブランドをグッチグループに移し、ジバンシィを辞任 
<br>2002年 パリコレクションに舞台を移す 
<br>2004年 秋冬から休止していたメンズを再開 </p>]]>
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<title>アルベルタフェレッティ：ALBERTA FERRETTI</title>
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<modified>2005-09-20T18:07:44Z</modified>
<issued>2005-08-21T18:38:02Z</issued>
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<created>2005-08-21T18:38:02Z</created>
<summary type="text/plain">アルベルタフェレッティとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アルベルタフェレッティ<br>フルスペル ： ALBERTA FERRETTI</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1968年、アルベルタ・フェレッティがブティックをオープン。</p>

<p>現デザイナー<br>　　アルベルタ・フェレッティ（Alberta FERRETTI）。1950年,、イタリアのグラダラに生まれる。母親が経営するドレスメーカーで生地に親しみ、はさみで遊びながら縫製とカッティングを覚える。
<br>　　68年、自身初のブティックをオープン。同年に結婚し、まもなく2人の息子を産む。74年、「<strong>アルベルタ・フェレッティ</strong>（ALBERTA FERRETTI）｣のコレクションを発表。
<br>　　80年、アエッフェ社を設立。現在は弟のマッシモ・フェレッティが社長を、アルベルタ・フェレッティが副社長を務める。81年、ミラノコレクションに初参加。
<br>　　84年、セカンドライン｢フィロソフィ ディ アルベルタ・フェレッティ（PHILOSOPHY DI ALBERTA FERRETTI）｣、96年、ニューヨークの56番街にショールームをオープン。97年、ロンドンのスローンストリート204/205にアルベルタ・フェレッティとフィロソフィ ディ アルベルタ・フェレッティのブティックをオープン。
<br>　　98年、イタリア大統領オスカル・ルイジ・スカルファロにより「カヴァリエレ・デル・ラヴォロ（Cavaliere del Lavoro）」にノミネートされる。
<br>　　99年、スポーツコレクション｢アルベルタ・フェレッティ テック（ALBERTA FERRETTI TECH）｣を開始。同年ムーンシャドー社を買収。
<br>　　2000年8月、東京・青山の骨董通りに日本初の路面店をオープン。
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<title>アナスイ：ANNA SUI</title>
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<summary type="text/plain">アナスイとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アナスイ<br>フルスペル ： ANNA SUI</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1980年、アナ・スイがニューヨークでシグネチャーラインを発表。</p>

<p>現デザイナー<br>　　アナ・スイ（ANNA SUI）。生年月日非公開。アメリカのミシガン州デトロイトに生まれる。パーソンズ・スクール・オブ・デザイン出身。
<br>　　80年にシグネチャーラインを発表。ニューヨークタイムズ紙の広告として出稿・採用経験あり。91年にコレクションデビュー。92年、ニューヨークソーホーにショップをオープン。93年には、CFDA（The Council of Fashion Designers of America）アワードの新人賞にあたる「ペリー・エリス賞」を受賞。95年にセカンドライン「スイ・アナ・スイ」、97年に「アナ・スイ・パーティー」、ソックスコレクション、秋にジーンズラインと「アナ・スイ・シューズ」を発表。98年秋にはコスメアイウェアを発売し、新しい「ストリート・コスメティック」というメイクを確立。
<br>　　97年、アジア初のブティックを東京にオープン。同年、大阪にもオープン。
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<title>アトウ：ato</title>
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<summary type="text/plain">アトウとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アトウ<br>フルスペル ： ato</h3>]]>
<![CDATA[<p>起源<br>　　1993年、松本与がアトウを設立。</p>

<p>現デザイナー<br>
　　松本与（Ato MATSUMOTO）。生年月日・出身地等非公開。1993年、アトウを設立し、メンズウエアの製造・販売を開始。同時に南青山にショップをオープン。94年、同ショップにて初ショーを開始以来、年２回、東京でコレクションを発表。2000 S/Sよりパリで展示会を開始。本格的な海外展開をスタート。2001 S/Sパリ メンズ・コレクションにデビュー。
<br>　　設立当初はスタッフ3人で企画・製造・販売を全て行っていたが、現在ではデザイナーの松本氏を中心とした15人のスタッフが共同で制作。毎シーズン、ゼロからパターンを起こす。
<br>　　2003-2004 A/Wよりレディーズウェアラインをスタート。</p>]]>
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<title>アツロウタヤマ：ATSURO TAYAMA</title>
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<summary type="text/plain">アツロウタヤマとは</summary>
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<![CDATA[<h3>読み方 ： アツロウタヤマ<br>フルスペル ： ATSURO TAYAMA</h3>]]>
<![CDATA[<p>概要<br>1982年、田山淳朗が「エム・ティーカンパニー」を設立。</p>
<p>デザイナー<br>　オゾックやインディヴィなど、ワールドのヤングブランドのディレクションを手掛け時の人となった。1955年熊本県生まれ。文化服装学院卒業後、山本耀司に師事しワイズ入社。82年に独立し、「A/T」を立ち上げ、90年「アツロウタヤマ」でパリコレデビュー。</p>]]>
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